首尾一貫感覚(SOC)について
1.提唱者について
ユダヤ系アメリカ人の、アーロン・アントノフスキー(1923-94)氏提唱の理論になります。
彼は、1970年代に、かつて若いころにナチスの収容所から生還した女性の調査をもとに、
その共通する特性を研究し、次に説明する「健康生成論」を開発、
その中核能力としてSOC(首尾一貫感覚;Sense Of Coherence)
を提唱しました。
心身健康の新たな視点として注目されている一つの考え方になります。
その源泉は、ヘテロステーシス(変化性)への注目です。
今までの健康概念は、ホメオスタシス(恒常性)を主体とした、
疾病的志向の過程とは明らかに対照的なものの見方が特徴です。
2.健康生成論
そのポイントは以下の6つになります。
①健康か疾病かという立場はとらない。
多元的に、健康ー健康破綻の連続体のどこにいるかという見方をとる。
②ある疾病の原因にのみ注目しないで、
病気を含めた人間の全体的なストーリー(身の上)を探っていく
③ストレス作因に注目する代わりに、対処資源に焦点を当てる
④ストレッサーの影響は、必ずしも病理的なものではなく、
ストレッサーの特性や首尾よい解決によっては、
健康的なものにも十分になり得るとみなす立場をとる
⑤負のエントロピー(内なる多様性)のあらゆる源を探る
⑥失敗生成理論的研究で見いだされる逸脱ケースに常に目を向けることにより、
失敗生成論的研究から得られるデータ以上のものを得る
心理学には、様々な立場や考え方があります。
しかしながら、われわれ人間は、一つの理論だけで簡単に説明がつくようなものではありません。
上手くいっている人がいるからと言って、形だけまねても、うまくいかないのは常ですね。
ただ、幅の広い見方やポジティブに、全体性志向を持つということは、
非常に有用だと思っています。
今話題の「将棋」そして「囲碁」などの世界にも、「着眼大局、着手小局」という言葉があります、
3.SOCの定義
アントノフスキーの定義は、以下の通りになります。
「首尾一貫感覚とは、その人に澄み渡ったダイナミックではあるが、
持続する確信の感覚によって表現される世界(生活世界)規模の志向性のこと」としています。
その確信は、以下の3つからなります。
①自分の内外で生じる環境刺激は、秩序られた予測と説明が可能なものであるという確信
②その刺激がもたらす要求に対応するための資源は、いつでも得られるという確信
③そうした要求は、挑戦であり、心身を投入し、かかわるに値するという確信
「コロナ」のような、先の見えないもの、得体のしれないものに対しては、
だれしも戸惑い、恐怖すら湧いてくるものですね。
4.3つの確信について
①把握可能性(Comprehensibility)
「人が内的環境、および外的環境からの刺激に直面した時、
その刺激をその程度認知的に理解できるものとしてとらえているかということ」
がその定義になります。
以下の、参考文献の著書の蛯名先生は、「わかる感」と呼ばれています。
悩んでいるとき、混乱しているときには、まさに自分自身「訳がわからない状況」になります。
そうすると、自暴自棄になったり、大きなミスや事故などにつながったりする
可能性も増すでしょう。
②処理可能性(Manageability)
「人に降り注ぐ刺激に見合う十分な資源を自分が自由に使えると感じている程度」
これは、「できる感」と表現されています。
違う言葉でいうと、「自由裁量権」というイメージでしょうか。
自分が主体で物事が進められ、困ったら周りの方の援助がいつでも受けられる環境があれば、
そうそうは「キレない」自分でいられそうです。
私的生活においても、独身で気ままに暮らせる方々と、
介護など何らかの制限を強いられて生活している人とでは、
心身の健康度はおのずと違って当然です。
私も、重度障害を持つ長男と、26年も付き合ってきました。
何かにつけて、「振り回され感」がついて回り、仕事も私的生活も、非常に混乱を極めていました。
③有意味感(Meaningfulness)
「人が人生を意味があると感じている程度」
「生きていることによって生じる問題や要求の、少なくともいくつかは、エネルギーを投入するに値し、かかわる価値があり、ない方がずっと良いと思う重荷より、歓迎すべき調整んであると感じている程度」としています。
これは「やるぞ感」。非常にわかりやすい表現ですね。
一般的に、心理学用語は、難解なものが多いです。
その点、さすが蛯名先生、女性の視点で、非常にわかりやすく、SOCを説明されておられます。
以前、宅配のTVCMでこんなのがありました。
「ただ荷物を運んでいるのではない。その人たちの心を届けているんだ」のような。
同じ、単純作業的なことでも、仕事の流れの中で、その「意味」をどこまで理解できているかで、
この「やるぞ感」は差が出てくることでしょう。
「伝説のドアマン」というエッセイには、こんなエピソードも。
ホテル業界の中では、ドアマンは、一番位置づけの低い職種にあたる。
伝説になる彼は、ただドアの開け閉めをしているだけではなかった。
常連客のプライベートや来店履歴、など詳細にわたり記憶していた。
ドアを開けるごとに、その方々に「気の利いた挨拶を一言」。
それも、それぞれの心に響く、あたたかいメッセージだった。
これが、評判を呼び、なんと彼を目当てに来るお客様が急増。
のちに、大手ホテルチェーンのオーナーになったというお話です。
こんな人がいたら、行ってみたくなりますね!
5.SOCの8類型
把握可能性をC,処理可能性をMA,有意味感をMEとすると、SOCは次の8つの累計となります。
- C-高、MA-高、ME-高 安定型 ストレスに強いタイプ
- C-低、MA-高、ME-高 まれ、処理能力の高いポジティブ型、ただ困難に弱い
- C―高、MA-低、ME-高 現状把握型で、今後の予想力や自信もあり
- C-低、MA-低、ME-高 問題には自信なしだが、乗り切ろうとする意欲あり
- C-高、MA-高、ME-低 能力の高い無関心型(困難を乗り切る意味が?)
- C―高、MA-低、ME-低 頭脳派タイプ(困難への自身や意欲が低い)
- C-低、MA-高、ME-低 自信家タイプ(突然の困難には意欲湧かず)
- C-低、MA-低、ME―低 マイペースタイプ(安定はしているが・・・)
上記のような、タイプ分析は巷にも数多くみられます。
ただ、注意して欲しいのは、この結果にとらわれて、
決めつけが入ると逆効果も出やすいということです。
人間の本質や、器質というものは本来そう簡単には変わるものではありません。
ただ、よくあるタイプチェックは、その時々の感情に任せてされているケースも多々あります。
さらに、一つの心理分析で、その人の全体がとらえられるということも難しいと思っています。
こういう結果も、参考にしながら自分自身の見方に付いて、
視点を増やしていくという姿勢が大事かともいます。
実際の臨床心理の現場でも、「テストバッテリー」という考え方があり、
一人の患者に対して、複数の心理分析をして判断するというスタンスがあります。
多元的に、自分自身の分析をすることも大事ですね!
6.バンデューラ理論との類似
社会的学習理論で有名な、アルバート・バンデューラ氏の自己効力理論との類似性についてです。
「モデリング」という言葉でも有名です。
バンデューラ理論における行動の3条件とSOCについて
- ある行動で意図した結果が曽於人にとって価値があるという信念・・・これは有意味感に近い
- その行動を行うことが本当にその結果につながるという信念・・・把握可能性
- その行動をうまく行えるという信念・・・処理可能性
自己効力については、予期効力と結果効力に分けられる。
この2つの中では、より「予期抗力」の方が重要だと思われます。
最初に、「出来そうもない」「無理だ」という気持ちが優先してしまうと、結果が見えていますね。
剣道の稽古でも、調子が良い時には、たとえ自分より上段者と竹刀を交えても
「負ける気がしない」という時があります。
そういう時には、自然と体動いて結果もよくなります。逆もまた然り・・・。
そうかといって、こだわりすぎても、だめなところがまた難しいところですね。
7.まとめ
アントノフスキーは、上記なども踏まえてこうも言っています。
*SOCの3つの要素は、すべて必要ではあるが、どれも中心的に重要なわけではない
*動機づけの様である「有意味感」(やるぞ感)は最も重要であると思われる。
他の二つは、一時的になりがち。
*二番目は、「把握可能感(わかる感)」。処理可能感の高さは、理解によって決まるからである
*上記のことは、「処理可能感(できる感)」が重要ではないということではない
資源が自在に使えるという確信がなければ、有意味感は減少し、対処能力を弱まる
*主に良く対処できるのは、SOC全体によるものである
剣道では、「気・険・体」の一致と言っています。
ほかの武道でも、「心技体」は基本中の基本。このあたり、
上記の3つの要素とも重なり合いそうです。
人間性や、物事の核心に触れるとき、頭だけの理解や、気持ちだけ共感しても、
その神髄には迫れないということでしょうか。
人生の意味など、若いころ考えろと言われても、そう誰でもが感じられるものでもありません。
私自身も50を過ぎてようやく考えるようになりました。
世阿弥の「風姿花伝」に、「時分の花」という言葉が登場します。
人生のそれぞれの段階における、自分なりの「SOC」や「心技体」のありようを、
時々は考えてみてはいかがでしょうか?
- 参考文献
「健康の謎を解く」アーロン・アントノフスキー著 有信堂
「折れない心を作る3つの方法」蛯名玲子著 大和出版